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宇都宮地方裁判所 昭和50年(ワ)98号 判決 1977年12月21日

原告

黒川正利

被告

栃木県酪農業協同組合

ほか二名

主文

被告らは各自原告に対し、金三七〇万八、五九八円ならびにこれに対する昭和四七年六月八日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その四を原告が負担し、その余を被告らの連帯負担とする。

本判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告らは原告に対し、連帯して金一、七一六万一、〇〇三円ならびにこれに対する昭和四七年六月八日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  本件事故の発生

原告は、つぎの交通事故によつて傷害を受けた。

(一) 発生時 昭和四七年六月七日午前七時一〇分ころ

(二) 発生地 栃木県鹿沼市千渡二三四番地先県道上

(三) 被告車 事業用特種貨物自動車(栃八八す六二一号)

(四) 運転者 被告 古橋信之

(五) 原告車 自動二輪車(鹿沼市は四三四号)

(六) 運転者 原告

(七) 事故の態様 被告古橋が被告車を運転し、前記場所の交差点を右折する際原告車と衝突した。

(八) 傷害の部位程度 原告は、本件事故により頭蓋底骨折、脳挫傷の傷害を受け、昭和四七年六月七日から同年八月九日まで入院し、その後通院加療を受け現在に至つている。

2  責任原因

被告らは、つぎの理由により本件事故によつて生じた原告の損害を賠償する責任がある。

(一) 被告古橋

被告古橋は、被告車を運転して前記場所の交差点を右折するに際し、前方を注視して前方から進行して来る車両の動静に充分注意し、事故の発生を未然に防止すべき義務があるところ、前方から進行して来る原告車を認めたが、直進車である原告車に進路を譲らずに急に右折したため、原告車を被告車に衝突させ、その衝撃により原告を負傷せしめたので民法第七〇九条の責任がある。

(二) 被告塩原運輸株式会社

被告塩原運輸株式会社(以下被告会社という。)は、被告古橋を雇傭し、被告車を利用して被告会社の業務を執行せしめていたものであるから、自己のために被告車を運行の用に供したものとして自動車損害賠償保障法第三条による責任がある。

(三) 被告栃木県酪農業協同組合

被告栃木県酪農業協同組合(以下被告組合という。)は、被告車を所有し、被告会社をして、被告車を使用し被告組合の飼料その他のものの運送を専属的に下請させていたものであるから、自己のために被告車を運行の用に供したものとして自動車損害保障法第三条による責任がある。

3  損害

原告は、本件事故によりつぎの損害を被つた。

(一) 入院付添費 金一八万九、〇〇〇円

(二) 入院雑費 金六万四、三九三円

(三) 逸失利益 金一、六九九万七、六一〇円

(1) 給料減額分 金八二万五、七三四円

(2) 扶養手当減額分 金二万二、一〇〇円

(3) 管理職手当で支給されなかつた分 金一二万六、〇〇〇円

(4) 期末手当減額分 金四一万〇、二一九円

(5) 勤勉手当減額分 金一九万七、二七四円

(6) 将来の逸失利益 金一、五四一万六、二八三円

原告は、本件事故によつて鹿沼消防署を退職したが、当時五五歳であつたからその後、少くとも一〇年間は稼働することができ、そして少くとも一か月金一六万一、七〇〇円の給料を得ることができた筈であり、その合計額から年五分の中間利息の控除をホフマン方式にしたがつて算出すると金一、五四一万六、二八三円となる。

(四) 慰藉料 金二〇〇万円

(五) 損害の填補

原告は自動車損害賠償保障法に基づく保険から金二〇九万円の給付を受けたのでこれを前記損害金の一部に充当した。

4  よつて原告は被告ら各自に対し金一、七一六万一、〇〇三円ならびにこれに対する本件事故発生の翌日である昭和四七年六月八日以降完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の(一)の事実は否認する。同(二)の事実中、被告会社が被告古橋を雇傭し、被告車を利用して被告会社の業務を執行せしめていたことは認め、被告会社が自動車損害賠償保障法第三条の責任があるという点は争う。同(三)の事実中、被告車が被告組合の所有として登録されていたことを認め、その余はいずれも争う。

3  同3の(一)ないし(四)の損害額については争う。(五)の事実は認める。

原告は、本件事故によつて労働能力を全く喪失したと主張するが、乙第一号証、同第二号証の一ないし三によると、原告の後遺障害の程度は自動車損害賠償保障法施行令別表後遺障害等級第七級三号相当であり、そして右等級の労働能力喪失率は、労働基準局長通達昭和三二年七月二日基発第五五一号別表によると五六パーセントであり、また公務員はおおむね五五歳で退職(定年)することおよび定年後の収入は定年前の収入の約七〇パーセントであることは公知の事実であるから、原告の将来の逸失利益は右基準に従つて算定されるべきである。

三  抗弁

1  被告らの免責

(一) 本件事故は、原告の一方的過失に基づいて発生したものであり、被告古橋には過失がない。

(1) 本件道路は、幅員一一・八五メートル(車道部分の幅員は八メートル、左側歩道部分の幅員は一・九メートル、右側歩道部分の幅員は一・九五メートル)で、路面はアスフアルト舗装が施され、上野町方面から白桑田方面に向つて下り勾配になつており、直線で互に約二〇〇メートル前方まで見透しが可能であり、本件事故当時の天候は晴であつた。

(2) 被告古橋は、被告車を運転し、上野町方面から白桑田方面に向つて進行し、本件交差点の右方(南西方)の茂呂方面に通ずる道路(幅員四・七五メートル)に右折して進入すべく、右折を開始する手前約二七・八メートルの地点で右折の合図をなし、できるだけ道路の中央に寄り、ついで交差点の中心の直近の内側を徐行しながら右折を開始して右折を完了し、被告車の後尾は右方の道路の歩道寸前に達していたところ、原告が、原告車を運転して白桑田方面から上野町方面に向つて進行中、原告車を被告車に衝突せしめたものである。

(3) 被告古橋は、右折の合図をした前記地点付近で約八〇・八メートル前方に原告車が進行して来るのを認めているので、原告も同様に前方約八〇・八メートル付近を進行して来る被告車を認めていると推認できる。

(4) 被告古橋は、被告車を運転して時速約四〇メートルで進行し、原告車の速度も被告車の速度と同様時速約四〇キロメートルと感得したので、原告車が前記交差点に達するまでには、右折を完了して右方の道路に進入できるものと判断して右折を開始したのであつて、被告古橋がそのように判断したことには合理性がありその判断に誤りはない。

(5) 原告車の衝突時における速度は時速五五キロメートルであつて、このことは、本件事故によつて原告車の速度計の指針が時速五五キロメートルを指して停つていたことおよび原告車のスリツプ痕の長さが一八・四メートルであつたことによつて認められる。

(6) 本件道路は、被告古橋が右折の合図をした前記地点の約一〇メートル上野町方面に寄つた地点付近から白桑田方面に約九〇メートルの間は相当の下り勾配であり、原告車からみれば上り勾配の道路を走行していたのである。ところで、自動車の運転者の経験的習性として、上り勾配の道路にさしかかつた場合には自動車を加速させるといわれている。

(7) 前記のとおり原告は、前方の見透しが十分であるのに前方を注視することなく、少くとも、被告車が右折の合図をなした地点から約五三メートル白桑田方面に寄つた地点において、前方を対向進行中の被告車およびその後において被告車の右折の合図を見得たであろうにこれを見落し、右地点から上り勾配のため急に時速五五キロメートルに加速して前記交差点に突入し、衝突地点の一八・四メートルやや手前において、右折を完了して右方の道路に殆んど進入した被告車を発見し、急ブレーキをかけたが及ばず、原告車を被告車の後車輪の後部に衝突せしめたものである。さらに、本件現場付近の制限速度は四〇キロメートル毎時であるところ、原告はこれを甚しく超過した時速五五キロメートルで疾走し、かつ、ハンドルを僅か右に切れば本件事故は避け得られたのにいささかも右に切つた形跡が見当らない。

したがつて、本件事故は、前記のごとき原告の一方的過失によつて発生したものとみざるを得ない。

(二) 被告古橋は、前記のとおり、法令上および業務上要求される注意義務を果して右折をしたので、被告車の運行に関し注意を怠つたことはない。

(三) 被告組合は、栃木県下の酪農家をもつて組織されていて、組合員に対して家畜(主として牛)の飼料および肥料を定日、定時に配給すべき厳重な制約があるので、これが運送に当る被告会社に対し、常に自動車の運行に関して注意を怠らないよう申入れをして監督し、被告会社においても、自動車運転者に対し常時運転上過誤がないよう指導監督を怠らなかつた。

(四) 被告車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことは、実況見分調書の記載によつて明らかである。

2  過失相殺

仮に、被告古橋に何らかの過失があるとしても、本件事故発生の状況は前記のとおりであり、原告が制限速度を遵守し、前方を注視して被告車の動静に注意し、衝突前にハンドルを僅か右に切つて走行すれば本件事故の発生は回避できた筈であるから、原告の制限速度違反、前方不注視および適切な運転方法をとらなかつた過失が本件事故の発生に寄与している。したがつて、過失相殺を主張するところ、被告古橋の過失は二であるのに対し原告の過失は八である。なお、原告は、本件事故時にヘルメツトを被つていなかつたことが明らかであり、このことが本件事故の損害額の拡張に寄与しているから、過失相殺率を決定するに際し考慮されるべきである。

3  損害の填補

原告は、本件事故による損害の填補として、左記(一)(二)および(三)の(1)ないし(3)の金員をすでに受領し、また、(三)の(4)の金員を受領することは確実である。

なお、退職手当、退職年金および廃疾年金は公平の観念からして、得べかりし利益から控除されるべきである。

(一) 昭和五一年六月八日ごろ、自動車損害賠償保障法に基づく保険から後遺障害に対する給付金として、金二〇九万円

(二) 昭和五〇年三月三一日退職手当として金三九八万八、八二〇円

(三) 廃疾年金として

(1) 昭和五〇年四月一日以降同年一一月三〇日までの分として金八八万四、九〇〇円

(2) 昭和五〇年一二月一日以降昭和五一年一一月三〇日までの分として金一三四万〇、三四九円

(3) 昭和五一年一二月一日以降昭和五二年二月二八日までの分として金三六万〇、九七五円

(4) 昭和五二年三月一日以降終身の間少くとも年間金一四四万三、九〇〇円

四  抗弁に対する認含

1  抗弁1の(一)の事実は否認する。

2  同(一)の(1)および(2)の事実は認める。もつとも、衝突した際被告車の右折は完了していなかつた。

3  同(一)の(3)の事実中、原告が被告車を認めたかどうかは不明であり、その余は認める。

4  同(一)の(4)の事実中、被告古橋が、原告車が前記交差点に達するまでには、右折を完了して右方の道路に進入できるものと判断して右折を開始したことは認め、被告車の速度が時速約四〇キロメートルであることおよびこれを前提とする主張は否認する。

被告古橋は、被告車が車長五・五メートル、車幅二・〇七メートルの特殊貨物自動車であつて幅員三メートル余の狭い道路に右折して進入するには時間を要するのであるから、対向進行して来る原告車の接近状態は注意すべきであつたのに、原告車を前方約八〇・八メートルの地点に認めた後右折を開始する地点まで走行して来る間およびその後の原告車の接近状態を見ずに右折したのであつて、接近する原告車の状態を注意していたならば一時停止等の措置によつて本件事故を未然に防止し得た筈である。

5  同(一)の(5)ないし(7)の事実はいずれも否認する。

6  同(二)の事実は否認する。

7  (三)および(四)の事実はいずれも否認する。

8  抗弁2の事実は否認する。

原告車は直進しているので優先車であるところ、本件事故は、被告古橋が原告車に対する注視を怠り、かつ、原告車が交差点に達するまでには右方の道路に右折して進入することができるものと誤認したために発生したのであるから、被告らの主張する過失割合は否認する。

また、当時ヘルメツトの着用は法律上の義務とはされていなかつたのであるから、その着用の有無によつて過失割合を変更すべきではない。

9  抗弁3の事実中、(一)の点を認め、その余はいずれも争う。

第三証拠関係〔略〕

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、被告らの責任の有無および過失相殺の主張について判断する。

1  被告古橋

(一) 本件道路は、幅員一一・八五メートル(車道部分の幅員は八メートル、左側歩道部分の幅員は一・九メートル、右側歩道部分の幅員は一・九五メートル)で、路面はアスフアルト舗装が施され、上野町方面から白桑田方面に向つて下り勾配になつており、直線で互に約二〇〇メートル前方まで見透しが可能であることおよび被告古橋が、被告車を運転し、上野町方面から白桑田方面に向つて進行し、本件交差点の右方(南西方)の道路(幅員四・七五メートル)に右折して進入すべく、右折を開始する手前約二七・八メートルの地点で右折の合図をなし、できるだけ道路の中央に寄り、ついで交差点の中心の直近の内側を徐行しながら右折を開始して被告車の後尾が右方の道路の歩道寸前に達していたところ、原告が原告車を運転して白桑田方面から上野町方面に向つて進行中被告車と衝突したことは当事者間に争いがない。

(二) 成立に争いのない甲第一号証および被告古橋本人尋問の結果に後記(三)の認定事実を総合すると、被告古橋は、上野町方面から白桑田方面に向つて時速約四〇キロメートルで進行し、本件交差点において右折を開始する際右斜前方約二五ないし五〇メートルの右側車道部分を直進して来る原告車を認めたが、原告車が被告車の進路に達するまでには、右折を完了して原告車の進路を妨害することはないと判断し、徐行しながら右折を開始し、被告車の車体の大部分は歩車道境界ブロツクより右方に進入したが後車輪より後方部分が未だ車道上を走行していたところ、急制動の措置をとりスリツプしながら進行して来た原告車の前部が、被告車の左側後車輪の上部より稍後方によつた部分(最後部端から〇・三ないし〇・六メートル)に衝突したこと、右衝突地点は歩車道境界ブロツクから一・六メートル車道部分であることおよび被告車の車長は五・五メートル、車幅は二・〇七メートルであることが認められる。

(三) 本件事故当時の天候が晴であつたことは当事者間に争がなく、前掲甲第一号証によると、本件道路の路面はアスフアルト舗装が施されているがひび割れがあること、本件事故当時路面は乾燥していたこと、原告車の制動装置に異常はなく、前輪タイヤもさほど摩耗していないことおよび路面に原告車のスリツプ痕が長さ一八・四メートルにわたつて直線に一条ついていたことが認められ、さらに、右認定事実によると、原告は被告車が進路を妨害しているのを発見して狼狽し、急制動の措置をとつたがハンドルを転把することなくそのまま進行して被告車と衝突したことを推認することができる。ところで、右スリツプ痕が原告車の前後車輪の制動痕か、そのいずれか一輪(特に後車輪)の制動痕であるかは明らかでないが、右認定のごとく、原告が被告車が進路を妨害しているのを発見して狼狽し、ハンドルを右に転把することができなかつた状況のもとでは被告車との衝突を回避するため前後車輪に急制動をかけたであろうことおよび原告がハンドルを転把しなかつたので原告車が直線に走行し、そのため原告車の前後車輪の制動痕が一条になつたものとそれぞれ推認することができる。右事実関係を基礎にして、つぎの算定方式にしたがつて算出すると、原告車の急制動の措置をとる直前の速度は、時速約五〇キロメートルであることが推認できる。

〈省略〉

被告らは、原告車は本件道路が上り勾配になつていたので加速し、衝突時における速度は時速五五キロメートルであつたと主張し、その証拠として、前記原告車のスリツプ痕のほか一般に自動車運転者の経験的習性として上り勾配の道路を走行する場合は加速することおよび原告車の速度計の指針が時速五五キロメートルのところを指して停つていたことを援用するが、自動車運転者が自動車を運転して上り勾配の道路に差しかかつた際平坦な道路を走行している場合に比しアクセルを深く踏み(自動車の場合)、あるいはレバーをさらに廻して(自動二輪車の場合)エンジンの発力を増すことは通例であるが、これは上り勾配の道路を走行するのにそれだけエンジンの発力を必要とするためであつて、このことによつて直ちに自動車が平坦な道路を走行する場合に比し加速するとはいえないし、また原告車の速度計の指針が時速五五キロメートルを指したところで停つていたことは前掲甲第一号証によつて認められるが、同号証によると右速度計は押しつぶされていたことおよび原告車は急制動をなしその結果スリツプして被告車と衝突し、その後転倒していることが認められるので、右各証拠をもつて前記認定をくつがえすことはできない。

(四) 前記争いのない事実および認定事実によると、被告古橋は、右折を開始する際原告車が進行して来るのを僅か二五ないし五〇メートルの地点に認めたのであるから、該地点において停車して右折の開始を差控え、直進する原告車に進路を譲り原告車の通過するのを待つて右折を開始すべき注意義務があるのに、これを怠り、原告車が被告車の進路に達するまでには右折を完了して右方の道路に進入できるものと軽信して右折を開始したところ、その完了前に原告車が被告車の進路に達し、原告車をして被告車の左側後部付近に衝突せしめたことが認められるから、被告古橋は民法第七〇九条により、原告が本件事故によつて被つた後記損害を賠償する義務がある。

(五) 他方、前掲甲第一号証によると本件道路は時速四〇キロメートルに速度制限がなされていることが認められ、右事実に前記争いのない事実および認定事実を総合すると、原告は、被告車が右折の合図をして道路中央付近を進行して来たのであるから、被告車の動静を注視し、被告車が右折を開始して原告車の進路に進入して妨害するときには、直ちに停止できるようあらかじめ減速するなど準備して進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、制限速度を一〇キロメートル超過した時速約五〇キロメートルで進行し、被告車が原告車の進路を妨害しているのをその約二五ないし三〇メートル手前で気付き、急制動の措置をとつたが狼狽してハンドルを右に転把することなく被告車の左側後部に衝突せしめたことが推認でき、さらに、本件弁論の全趣旨によると原告は本件事故の際ヘルメツトを被つていなかつたことが認められるので、本件事故の発生および損害の拡張について原告にも過失があつたというべきである。

そして、前記の諸事実を総合すると、本件事故の損害賠償額算定にあたり斟酌すべき過失相殺割合は、おおむね原告四、被告古橋六と認めるのが相当である。

2  被告会社

被告会社が被告古橋を雇傭し、被告車を利用して被告会社の業務を執行せしめていたことは原告と被告会社との間に争いがなく、右事実によると被告会社は自動車損害賠償保障法第三条にいう「自己のために自動車を運行の用に供する者」というべきところ、被告車の運転者である被告古橋が、前記認定のとおり過失によつて原告に傷害を負わせた以上、被告会社は、被告会社主張のごとく常に自動車運転者に対し運転上過誤がなきよう指導監督していたとしても、同法第三条の責任を免れることはできないから、原告が本件事故によつて被つた後記損害を賠償する義務がある。

3  被告組合

被告車が被告組合の所有として登録されていたことは原告と被告組合との間に争いがなく、被告古橋本人および被告会社代表者各尋問の結果によると、被告組合は、栃木県下の酪農家をもつて組織され、組合員から産出する原乳の集荷、買入れをなすとともに組合員から酪農に要する飼料および肥料の注文を受け、これを一括して訴外栃木くみあい飼料株式会社に発注して買受け、これを該組合員に配達していたこと、被告会社は、昭和三五年ころから被告組合の依頼により塩原地区および箒根地区の組合員から集乳して宇都宮市東町所在の被告組告まで運搬していたが、昭和四五年四月ころからは被告会社所有の自動車一三台のうち五台を被告組合の専属とし、組合員に対して飼料および肥料を運搬していたこと、右五台の自動車は被告会社において売買代金を支出して買受け、これに対する税金等も負担しているが、原乳の集荷、飼料および肥料の運搬等は被告組合の組合員でなければできないという定款の定めがあるため、被告会社代表者が被告組合に加入して組合員となり、該自動車の所有名義を被告組合にしていたこと、被告組合は各酪農家に配達する二日前に被告会社に対し、配達する酪農家の氏名、配達すべき日時、銘柄および数量等を一覧表をもつて指示し、被告会社は右一覧表に基づいて配達していたこと、被告組合および被告会社はともに訴外栃木くみあい飼料株式会社内に事務所を置き、被告組合は被告会社を通じて右専属の自動車の運転者に対し飼料および肥料の運搬に関し遺漏のないよう注意を与えていたことおよび被告古橋は本件当日酪農家に飼料および肥料を配達していたところ、被告車の昇降機(飼料および肥料等の積みおろしに必要な機械)が故障したので、その修理のため石原自動車修理工場に向うべく本件交差点を右折しようとして本件事故を惹起したことが認められる。右認定事実によると、被告組合は被告車に対する運行支配を有し、かつ、運行利益を受けていることが認められるから、自動車損害賠償保障法第三条にいう「自己のために自動車を運行の用に供する者」というべきである。ところで、被告会社代表者尋問の結果によると、被告組合は被告会社を通じ自動車運転者に対し、自動車の点検および整備等について遺漏がないよう指導監督していたことが認められるが、被告車の運転者である被告古橋が前記認定のとおりの過失によつて原告に傷害を負わせた以上、被告組合も同法第三条の責任を免れることはできないから、原告が本件事故によつて被つた後記損害を賠償する義務がある。

三  損害

1  入院付添費 金五万四、〇〇〇円

成立に争いない甲第二〇ないし第二二号および証人黒川妙栄の証言によると、原告が本件事故による傷害の治療のため上都賀病院に入院中付添を必要とし、長男の嫁黒川京子が昭和四七年六月七日から同月三〇日までの間、次男の嫁黒川節子が同年七月一日から同月一三日までの間、長女丸山栄子が同月一四日から同年八月八日までの間それぞれ付添つたことおよび原告はその付添費として、一日金三、〇〇〇円の割合で黒川京子に対し金七万二、〇〇〇円、黒川節子に対し金三万九、〇〇〇円、丸山栄子に対し金七万八、〇〇〇円支払つたことが認められる。

しかしながら、成立に争いのない甲第五および第六号証によると、原告が入院中付添を必要としたのは意識障害のためであり、その期間は昭和四七年六月七日から同年七月一二日までの間であつたことが認められるので、右期間中付添人一名についての付添費が本件事故と相当因果関係に立つ損害というべきところ、前記諸事情に照せば右付添費は一日について金一、五〇〇円と認めるのが相当であり、結局原告は付添費として金五万四、〇〇〇円の損害を被つたことが認められる。

2  入院雑費 金二万四、四八〇円

いずれも成立に争いない甲第二四ないし第五七号証、同第六一号証、同第六六号証、同第六九号証、同第七〇号証および証人黒川妙栄の証言によると、原告が前記病院に入院中雑費として金四万九、三一〇円支出したことが認められるが、前記原告の傷害の程度、入院期間等に鑑みると、右支出のうち一日金三〇〇円の割合による三六日分金一万〇、八〇〇円と便器代金一万三、六八〇円、合計金二万四、四八〇円が本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めるのが相当である。

3  逸失利益 金八七五万二、五一八円

(一) 給料減額分 金八二万五、七三四円

(二) 扶養手当減額分 金二万二、一〇〇円

(三) 管理職手当で支給されなかつた分 金一二万六、〇〇〇円

(四) 期末手当減額分 金四一万〇、二一九円

(五) 勤勉手当減額分 金一九万七、二七四円

いずれも成立に争いない甲第八号証、同第一〇および第一一号証、同第七四号証、証人落合昭三、同黒川妙栄の各証言および原告本人尋問の結果によると、原告は、本件事故当時鹿沼地区広域行政事務組合消防本部鹿沼消防署に勤務し警防第一課長の職にあつたところ、本件事故による傷害の治療のため昭和四七年六月七日から同年九月三〇日まで傷病休暇を許可されて休業し、同年一〇月一日出勤して前記職務に就いたがその職務を遂行することができなかつたので、同年一一月一〇日警防第一課長の職を免ぜられ、消防本部付に配置換となつて軽易な事務を担当していたこと、その後原告の希望により昭和四八年四月一日付で再び鹿沼消防署勤務となつたことがその職務を遂行することができず、また医師から長期の休養を要するという診断がなされたため昭和四九年一月九日から休職となり、退職した昭和五〇年三月三一日まで継続したこと、その間昭和四九年一月分から昭和五〇年三月分までの給料を金八二万五、七三四円および扶養手当を金二万二、一〇〇円減額して支給され、昭和四七年七月分から同年九月分までの管理職手当金二万一、〇〇〇円は支給されず、昭和四九年三月分、同年五月分(特例)、同年六月分、同年一二月分、昭和五〇年三月分の期末手当を金四一万〇、二一九円および昭和四九年六月分、同年一二月分の勤勉手当を金一九万七、二七四円減額して支給されたことが認められ、さらに、原告が本件事故に遭わなかつたならば、引続き前記警防第一課長の職にあつて、昭和四九年一月分から昭和五〇年三月分までの管理職手当金一〇万五、〇〇〇円を受給できたであろうことを推認することができる。したがつて、頭書の金額はいずれも本件事故による損害と認めることができる。

(六) 将来の逸失利益 金七一七万一、一九一円

前掲甲第七四号証、いずれも成立に争いない甲第七三号証、乙第二号証の一ないし三、同第四号証の一、二、証人黒川妙栄、同落合昭三の各証言によると、原告は、大正九年三月一五日生れの健康な男子で昭和五〇年三月三一日前記鹿沼消防署を退職した時は五五歳であつたから、その後少くとも六五歳まで一〇年間は稼働できること、もつとも、右鹿沼消防署には定年制はないが五七歳になると退職を勧奨されて退職するのが慣例であつたこと、原告は退職時に給料として一か月金一六万一、七〇〇円支給されていたこと、原告は本件事故による後遺症として強度の記憶障害、見当識障害および軽度の性格変化が認められ、その程度は自動車損害賠償保障法施行令別表後遺障害等級第七級三号相当であること、そして右等級に該当する後遺障害を有する者の労働能力率は五六パーセントであること(右原告の後遺障害の程度および労働能力喪失率は被告らの認めるところである。)が認められる。右認定事実によると、原告は、五六歳から五七歳まで二年間は一か月金一六万一、七〇〇円の、五八歳から六五歳までの八年間は一か月右金一六万一、七〇〇円の七〇パーセント(定年退職後の収入が退職前の収入の七〇パーセントであることは被告らの認めるところである。)である金一一万三、一九〇円のそれぞれ五六パーセントを本件事故によつて喪失したというべきである。そこで右逸失利益の昭和四七年六月七日における現価額を年別のホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して算出すると、金七一七万一、一九一円となる。

16万1,700円×12か月×0.56×1.9875=215万9,665円

11万3,190円×12か月×0.56×6.5886=501万1,526円

4  過失相殺

右1ないし3の財産的損害の総額は金八八三万〇、九九八円となるが、原告の前記過失を相殺すると、原告が被告らに対して請求し得る損害額はそのうちの六割に相当する金五二九万八、五九八円となる。

5  慰藉料 金五〇万円

前記認定の被害の程度、事故の態様、過失割合、原告が本件事故のため消防吏員を依願退職せざるをえなかつたこと等本件口頭弁論に顕われた一切の事情を斟酌すると、原告に対する慰藉料は金五〇万円をもつて相当とする。

四  損害の填補

1  自動車損害賠償保障法に基づく保険金 金二〇九万円

原告が、昭和五一年六月八日ごろ自動車損害賠償保障法に基づく保険から後遺障害に対する給付金として金二〇九万円受領していることは当事者間に争いがない。

2  退職手当金

成立に争いのない乙第三号証の三によると、原告は昭和五〇年三月三一日退職手当金として金三九七万七、八二〇円受領していることが認められる。しかしながら、退職手当金は、地方自治法および地方公務員法に基づく条例により、地方公務員が退職した場合退職後の生活の保障を目的として、退職時の俸給月額に勤続期間による一定割合を乗じて算出した額が給付されるものであり、本件事故とは関係なく支払われるものであるから、損益相殺の対象となる利益ということはできないので、右退職手当金を前記損害額から控除することはできない。

3  廃疾年金

前掲乙第三号証の三および証人大野忠夫の証言によると、原告は昭和五〇年四月一日から昭和五二年二月二八日までの廃疾年金として金二五八万六、二二四円の給付を受けていることが認められる。しかしながら、廃疾年金は、地方公務員が地方公務員等共済組合法第八六条所定の事由が発生した場合に、同法に基づいてその病気または負傷が治癒するまで(治癒しないで廃疾状態が継続する場合は死亡まで)給付される年金であり、またすでに長年に亘つて徴収された掛金の対価たる性質を有し、本件事故によつて受ける利益とはいえないから、右廃疾年金を前記損害額から控除することはできない。

4  したがつて、前記損害額金五七九万八、五九八円から自動車損害賠償保障法に基づく保険金二〇九万円を控除すると金三七〇万八、五九八円となり、被告らは各自原告に対し、右金員ならびにこれに対する本件事故発生の翌日である昭和四七年六月八日以降完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべきである。

五  以上の次第で、原告の本訴請求は、右限度においては理由があるからこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項但書を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 板橋秀夫)

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